UPDATE : 2022.07.29

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#LIFE STYLE

ハロー・ワーク!お金と生きがいについて。01 LURRA°宮下拓己

Photo:Mitsuyuki Nakajima
Text:Ryutaro Ishihara

Edit:Taiyo Nagashima
 
 
 
 

好きなことで生きていく。それは簡単なことじゃない。やりがい搾取、ブラック企業、平均年収の下落、小手先のマネーゲーム、っていうかとんでもない円安…(2022年7月)。どこをどう見渡しても、明るいニュースが、ない!

 

だからこそ、この連載では、「好きなこと」と「稼ぐこと」を接続して生きる人にフォーカスする。

LURRA˚は、バスク語で「地球」って意味らしい。

ガイド役になるのは、宮下拓己さん。京都にある『LURRA°』という名のレストランの共同オーナーを務める彼は、好きなことと稼ぐことの両立を諦めず、その上で新しい食の体験を開拓し続ける1人。高校までは偏差値70超えの小中高一貫校で過ごし、卒業生のほとんどがエリート大学や有名企業へ進む一方で、宮下さんは調理学校へ進学。’その後国内外のレストランを渡り歩き、2018年にLURRA°をオープン。直後からそのオルタナティブかつ芯のあるレストランの魅力は広く知れ渡り、国内のみならず海外からもLURRA°を目指して客が訪れるようになった。また、現在は個人としても食に関連するプロジェクトをいくつも推進している。

 

好きなことで生きていく。それは簡単なことじゃないけど、夢物語でもない。個人が他者を犠牲にして逃げ切るためのズルいハウツーでもない。自分も社会も豊かになるための道を諦めずに探る。この連載はそんな思いのもとに始まった。

 

まず初回は宮下拓己の考える「お金と生きがい」について。

━━「お金と生きがい」というテーマは、宮下さんとLURRA°にぴったりなテーマだと思うんです。まさに宮下さんが実践していることなのかな、と。まず前提として、レストランなどの飲食業界の給与体系や労働環境について教えてください。

 

僕が初めて働いたレストランでは、手取りが12.5万円でした。朝8時の仕込みから営業終わりに片付けをして、深夜2時まで毎日ほぼ休み無く働いて、12.5万円。最初に明細を見たときには自分が不憫で、なぜか笑っちゃいましたね(笑)。もちろん飲食業界の全てを知っているわけではありませんが、いい環境とは言えないケースが多々あると思います。

 

━━海外で働いていたときも同じような環境でしたか?

 

物価の違いこそあれど、海外にいた時の方が金銭的に恵まれていました。ただ、如実に感じたのは、スタッフの姿勢の違いです。オーストラリアの「VUE DE MONDE」では、シェフもソムリエもサービスも自分の仕事に誇りを持っていて、お互いをリスペクトしていました。そこでお金とやりがいのバランスについて意識するようになったのだと思います。オーストラリアの次にはニュージーランドへ渡ったのですが、そこで一緒に働いていたシェフのジェイカブ・キアと、ソムリエの堺部雄介と、3人でLURRA°を立ち上げました。2019年ですね。LURRA°とは、バスク語の「地球」という単語で、小さな丸には月と座標という2つの意味を込めています。

よく「LURRA°って何料理なの?」と聞かれるんですが、僕も分からない(笑)。前提として僕は、自然の移ろいや、国や地域に固有の文化を媒介していく場所がレストランだと思っていて。「日本の季節と文化のショーケースを創り出す」というビジョンを掲げて、この土地に根ざした食材や文化を軸にしながらも、LURRA°という座標から世界中を旅をするような食の体験を届けることを目指しています。よく、ターゲットは?と聞かれるのですが、明確なものはなくて、「僕たち以外」と答えています。

 

━━初めてLURRA°に行ったとき、衝撃でした。薪が置いてあるレストランって初めてだったんです。爆ぜる音、匂い、そしてスタッフ全員がかっこよかった。レストランって五感まるごと楽しめる場所なんだ、と。

 

まさにそんなレストランをつくりたいと思っていたんですよ。働く人が誇りを持てて、食べに来る人が心から楽しめる。それを実現する根底に、「食は五感をフル活用する体験だ」という考え方があります。例えば、目で見た印象と口に入れた時の味の落差だとか。期待を超える予想外を生み出すことも意識しています。かといって突飛なことをやりたいわけではないんですけどね。いわゆる高級レストランの序列的な価値観ではなく、自分たちにしかできないことをやりたかった。イノベーティブというカテゴリがありますが、僕らは別の新しい道を開拓していくオルタナティブという言葉の方がしっくりくるんです。

 

━━本質的でありながら、オルタナティブである。そのバランスに、LURRA°らしさがあると思います。新しいと同時に、ただただ美味しいんですよね。宮下さんが食の魅力に気づいたのは、どのタイミングだったのでしょう?

 

高校2年、同級生たちが大学受験の準備を始める中、本屋で「エルブジ」というスペインのレストランの本を見つけたときです。年間200万件の予約希望が殺到していたと言われる、世界でも有数の人気レストラン。今は閉店してしまっているのですが。

その本を読んで、「レストランって、なんて面白いんだ!」と素直に感動したんです。メゾンブランドが2022AWコレクションを発表するように、半年かけて準備してきたコースを、その年のコレクションとして披露する。デンマークの「NOMA」もそういった方式を採用していますね。また、多国籍であること、イノベーションを外部から学ぶこと、知識やアイデアをオープンにすること・・・など、今の自分の信念にも多大な影響を与えています。僕は長い間、自分が何をやりたいのかわからず苦悩していたのですが、この本を読んで答えが見つかった気がしました。飲食業に就きたいというより、食の分野でこれまでにない表現をしてみたいと思ったんです。それで料理の道に進むことを決意し、調理学校へ進学したんですよね。

 

━━そこから前述のような環境で働き、LURRA°に繋がっていくんですね。Forbes JAPANの30 UNDER 30や京都信用金庫主催のアワードなどの選出理由には、LURRA°の労働環境の良さが挙げられていました。

 

LURRA°では、業界水準はもちろん一般企業も含めた同世代の平均以上の給与を支払うようにしています。LURRA°がオープンしてすぐ新型コロナウイルスが蔓延して、苦しい状況になったときにも人件費は削りませんでした。1ヶ月の休業期間中に、給与を上げたこともありましたね。

━━どうしてその判断が・・・?

 

まず第一にそういうやり方をすると決めて経営しているからです。LURRA°の価値を作るのは、メンバーひとりひとり。僕は経営という役目を担っているだけで、メンバーそれぞれが高い専門性とモチベーションを持ち寄っているからこそ、この店が維持できています。自粛期間中、お店を閉めることになって、テイクアウトもLURRA°の価値観を表現するには適切でないと判断してやらなかったので、当然メンバーのモチベーションが下がってしまっていたし、業界全体に暗い雰囲気が蔓延していました。モチベーションの低下と未来への不安を解消するために、経営者である自分にできたのは、まず給与を一時的に上げることだったんです。

 

━━すごい英断ですね。

 

何より、この価値観を共有できる仲間を見つけるということが一番重要だと思っているし、年齢や役割によって関係性に上下ができないようにしています。営業中の僕の仕事はずっと皿洗いですから(笑)。でも、それは逆に言い訳できないということでもある。仕事をどんどん任せて、自分で考えて工夫してもらって、新しいアイデアをお店の進化につなげていく。お店のやり方やルールに沿うのではなく、自分のやりたいことがあって、それをLURRA°という場所で形にしていく。そういうことが得意じゃない人には、厳しいかもしれません。

 

━━飲食店の価値を新しい角度から模索し、高めていく背景には、「人がいる」ということですね。

 

誰もがこういう環境で働きたいと思っているわけではないと思うんです。ただ、LURRA°のような価値観、価格、給与体系のお店が健全に運営できているということは、選択肢として確実に必要です。良いものに対して正当な金額が払われるということを飲食業で実現していかないければならない。現状は薄利多売のベクトルと、その対局に権威的なベクトルがあって、偏ってしまっていると思うんです。

ここで働いたメンバーが他のレストランへ移ったり、独立してお店を持ったり、この記事を読んでくれた人が自分のお店に持ち帰ったり。少さな流れが集まって大きな川になったらいいですね。東京だと「kabi」が近い価値観を持つお店なのかなと思います。これからもっと自由で素敵なレストランが生まれて、そこで働く素敵な人がきちんと対価を受け取っていく。そういうことが増えていくと信じています。

PROFILE

  • 宮下 拓己

    フランス「ミシェル・ブラス」で研修後に帰国、サービスへ転向。大阪、東京の星付きレストラン、オーストラリア「VUE DE MONDE」 を経て、ニュージーランド「Clooney」ヘッドソムリエとして勤務。2017年帰国、2019年6月LURRA°を京都・東山三条で開業。ミシュランガイド京都・大阪+岡山2021で一つ星を獲得。同年Forbes JAPAN が選ぶ日本の30歳以下 30 UNDER 30 JAPAN 2020に選出。第8回 京信・地域の起業家アワードにて大賞を獲得。

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